「真理。今日は加藤の仕事がないから一緒に帰れるね」
「そうね、智行。最近の加藤君、がんばってるもんね」
「俺たちのこと、気にしていたらしいぞ」
「本当? なんか悪いわね」
出掛けにトーストを一枚残して、僕たちは部屋を後にした。いつの間にか下の名前で呼び合い、いつの間にか一緒に住んでいる。
二人暮らし。……いや、二人と一人暮らし。といった方が正確かな。
相変わらず朝は彼女のコーヒーで一日が始まる。(もちろん真理ではない)
そして、寝る前に小さな布団を部屋の隅に敷き、クマのぬいぐるみを添えておく。
そんなことが当り前の、僕と真理と彼女の同棲生活だった。
仕事も順調だった。たまたま僕がとってきた仕事が大当たりし、主任に昇格した。それでも加藤の仕事を手伝っていたので、社内での評判も僕や真理の耳に入る限りでは悪くない。順風満帆。まさにその四字熟語が当てはまる生活だった。
ところがある日。コーヒーが用意されていなかった。たまたま寝坊でもしたのだろう。などと、最初は軽く考えていたのだが、これが一週間も続くと不安になってしまう。クマのぬいぐるみも、動かされた形跡がない。
「あの子、どこかに行っちゃったのかなー?」
真理が寂しそうに夕飯のコロッケを箸で突っつきながら呟いた。
「座敷童子は、その人が幸せになると出ていくのかもしれないね。何かで読んだことがあるよ」
「そうなの……」
僕が調べた限りでは『座敷童子がいなくなると家が傾く』という文献が多くみられたが、それは真理には言えなかった。
「もう僕たちは、幸せじゃないか。なあ、真理。……結婚……しないか?」
僕の一言で、真理はコロッケを突いていた箸を落としてしまった。目を丸くしてポカンと開けた口は、ハニワのようだ。僕はプロポーズする瞬間は絶対に心臓が耐えられないほど鼓動を強めると思っていたのだが、不思議とそうならなかった。時計の秒針の音だけが部屋に数回響くと、彼女の口が動いた。
「……幸せにしてくれなきゃ、イヤよ?」
彼女(座敷童子)はいなくなった。もう、朝のコーヒーは自分たちで淹れなくてはならない。それでも、僕と真理に幸せを残してくれた。
【最終話に続く】